2023.09.21

「国語を教えることについて ②」

特進科所属なので、特進科のクラス担当が中心にはなるが、本科の小6、中1、中3生の国語も担当している。本科であれ、特進科であれ、中3は受験があるので、受験を念頭に指導していくのは言うまでもない。時期によって、何を知識として入れ、クラスの雰囲気によって、どんな課題を修正していくかの見極めが大切である。そして、集団授業のクラス運営には、全体を眺めて、クラスとして底上げを図る意識も必要となる。

 とは言え、国語にしろ、英語にしろ、あるいは受験生にせよ、受験生でないにせよ、私の授業スタイルの根本にあるのは、「できる限り、楽しく授業を受けてもらいたい。」ということである。「新・実況中継」をご覧いただければ、そのあたりのことをある程度、ご理解いただけるかと思う。言うまでもなく、ずっとバカ話をしているわけではなく、子どもたちには、姿勢と仲間同士での言動の二つにおいて、注意すべき事柄を伝えてある。度を越してその禁を破った場合、私がたいそうな剣幕で叱ることを多くの子どもたちは理解しているであろう。だからこそ、どんなに笑いが起きようと、クラスのコントロールは常にできているのである。

 

 テキストを淡々とこなすだけが国語の授業ではないと私は考える。時には、テキストから発展させ、子どもたちに何がしかを考えるきっかけとし、想像する楽しさや喜びなどをわからせてやりたい。この観点で各科目を見たとき、国語が一番取り組みやすいのではないだろうか。次が社会、理科であろう。

 したがって、私の授業には「脱線」が多い。多くは意図的であるが、最近は子どもたちにうまく乗せられてしまうこともある。もちろん、程度と時間には気を配らねばならないが、子どもが自主的に話し、何かの話題を提供してくれ、それが他の子どもたちにとって、興味深かったり、考えること、表現することが楽しいと感じられるものであったりするものなら、「楽しく勉強する」という私の大きな方針とも合致するのである。「脱線」大いに結構。授業より、むしろそちらを楽しみにしてくれているのではないだろうか、そう思える塾生もいるほどである。

 前回「国語を教えることについて ①」の冒頭で紹介した、私に対して温かい、そしてすばらしい内容のメッセージを送ってくださった小6本科生の保護者は、私がテキストの内容を発展させ、問題文の中に登場する「物語」に何が書かれているかを考えるようにと子どもたちに促したこと、あくまで問題文に書かれた内容を前提に、その「物語」に書かれていることがらを想像することが大切であることを詳しく解説したことに対して、お褒めくださったのである。「新・実況中継 ③」に詳しいので、興味のある方はご一読いただければ幸いである。