2023.09.29

「国語を教えることについて ④」

 前項で、中学受験をする小学6年生向けの模試、駸々堂テストにおいて、筆者の拡大解釈によって、紹介された短歌が本来の意味を離れ、自説の援用に用いられている部分があることを紹介した。頻繁に起きることではないが、こういう時は、深く読むことの大切さ、読解力を持つことの必要性を、身をもって伝える絶好のチャンスなのである。

 SNSの発展は、便利で豊かな生活を送るうえで、大きなプラスをもたらした。一方、マイナスの側面も決して少なくはない。匿名性を逆手にとって、人を自殺に追いやる事件やヘイトスピーチ、政治家など、影響力を持つ人間が発信する差別的言説等、看過できない事例も数多い。

 中学校の学習指導要領は、「文章を批判的に読む」ことを国語指導の目的の一つに挙げる。インターネット上で様々な情報が飛び交う現代、文章を批判的に読める能力を身に着けることは大切なことだと思われる。

 正しい情報もあるが、悪意を持った偽りの情報、根も葉もないうわさ話に類するものも数多いインターネットは、まさしく、玉石混交の状態と言ってよく、雑多な情報の真偽を見極める力、書かれた文章を鵜呑みにするのではなく、的確に読みとり、その主旨が世間一般の常識や自分自身の価値観に照らし合わせたとき、適切なものであるか否か、賛成に値するか否かを判断できる力の養成は、国語を教えることの非常に大切な目的の一つと言ってよいだろう。

 読解力、語彙力、論理的思考の養成が、書かれた文章の適否、真偽の判定につながり、これがまさしく「国語を教えること」の本質である。同時に、国語を学ぶことの意義になるものである。

 意義や重要性が大変高いにもかかわらず、一般的には、国語という科目に対する生徒、保護者の意識は、英語や数学に比べると明らかに数段階下がるというのが現状である。

 英語や数学は、常に新しいこと、それは文法や単語であったり、公式や解法であったりするのだが、それを理解し、覚え込まないと途端に点数ががくんと下がってしまう。一方、国語は科目の性質上、一生懸命勉強しても90点の壁(『壁』は生徒の学力によって異なる)を超えるのは容易ではなく、全く勉強しなくても、普段の授業さえきちんと聞いていれば、ある程度の点数は取れてしまうのだ。ならば、国語は最低限のことをやって、英語や数学に時間を割く方が得だ、という考えに帰着するのである。

 ある程度、気持ちは理解できるが、賛成はできない。国語の学力アップが、他教科の学力アップにもつながることをぜひとも理解してほしいと思う。