2024.09.06

シンクロニシティについて ②

 そんな偶然、どこにでもあることじゃないか、そう感じるかもしれない。そこで、どれほどの偶然が重なっているかを考えてみよう。

 台風10号の接近がなければ、補習授業を休講にすることはなかったし、結果として、本屋さん2軒を回ることもなかった。また、名張に暴風警報が出されたり、警報が出なくとも強い風雨に見舞われていたりすれば、本屋さんに行くことはなかった。1件目の本屋さんに、目当ての本があれば、2件目の本屋さんに行くことはなく、2件目の本屋さんに目当ての本があれば、そのまま家路についた可能性もある。

 これだけでもかなりの偶然が重なっていることに気がつく。いくつもの偶然の重なった結果、  「シンクロニシティ」ということばを章段のタイトルにした、なじみの作家の著作を購入することになり、その章から読みだして、高校時代の友人はどうしているだろうと考え、読書を少し中断したら、その友人から連絡が来ていたのである。

 私の「偶然」同様、友人にもいくつかの「偶然」があってのことだと考えてよく、「偶然」が重なった結果として起きた事象に対して、そこには何かの「意味」があるのではないかと考えるのが、ユング心理学における「シンクロニシティ」「共時性」「意味のある偶然の一致」なのである。

 何でもかんでも、シンクロニシティと捉えることは危険である。ただし、自分の身に起きた現象や事象、それが悲しいものであれ、楽しく喜びにあふれたものであれ、何らかの気付きや成長を自らにもたらすものであるかもしれないと省みることは、有意義な思索につながるものとなるだろう。