2025.02.17

海に出て木枯らし帰るところなし~俳句~

「木枯らし(こがらし)」は冬に吹く季節風のことですが、「北風」ということばの方をよく聞くのではないでしょうか。俳句の世界でも、もちろん冬の季語です。

タイトルに挙げた俳句は、山口誓子(やまぐちせいし)という俳人の作です。正岡子規、高浜虚子と続く、俳句界におけるある意味、「正統派」とされる流れの中にいた俳人です。高浜虚子が正岡子規の一字をもらって「虚子」と名乗ったのと同様、誓子も師である虚子から一字をもらったのだろうと私は思っていたのですが、違っていました。

この俳句を表面的に意味をとらえると次のようになるでしょうか。

人々を寒い風でふるえあがらせ、勢いよく海に出てしまった木枯らしは、帰るところがないのだ。

ただ、この俳句には、もっと深い意味が込められていました。この作品は、昭和19年に出版された句集に収められています。昭和19年と言えば、太平洋戦争で敗色濃厚となった時期で、翌20年の終戦を迎える前年にあたります。

「神風特攻隊」を聞いたことがあるでしょうか。片道分の燃料を入れた戦闘機に乗った兵士が、戦闘機もろとも、敵艦隊に突っ込んで、打撃を与えるという、「常軌(じょうき)を逸した」としか表現のしようがない作戦です。生きては帰れない、自分の命と引き換えに、敵艦に大打撃を与えるという作戦が「神風特攻隊」なのです。

そして、戦後、誓子が語ったところによると、木枯らしとは、まさに特攻隊として命を散らした若き兵士たちのことを詠んだもののようです。

「海に出て木枯らし帰るところなし」木枯らしが特攻隊員を表したものとしてこの句を読めば、味わいが全く異なるものになるのではないでしょうか。