「風になびく 富士の煙の 空に消えて ゆくへも知らぬ わが思ひかな」
これが西行の詠んだ短歌の中でも、とりわけ有名な作品一首の全体です。「ゆくへも知らぬ」のは、直接的には「わが思ひ」になります。現代語にしてみます。
風になびきながら富士山から立ち昇る煙が、かなたの空に消えていくように、私の思いもさて、どこへ向かうのか、その行方もわからない。
老境に差し掛かり、いつ死が訪れても不思議ではない西行にとって、日本の、日本文化の、そして日本人のアイデンティティの象徴と言ってもよい、噴煙をあげながらそびえたつ富士山を前にして、万感の思いで詠んだ短歌なのだと思います。
この時、もう一首短歌を詠んでいます。西行が東国に向かうのは、二度目でした。また、「小夜(さよ)の中山」は当時、東海道の三大難所の一つとされていました。「命なりけり」という部分に注意しながら味わってほしいと思います。現代語訳はあえてつけないでおきます。
「年たけて また超ゆべしと 思ひきや 命なりけり 小夜の中山」