小学5年生の特進科に「名文暗唱」と称して、いくつかの言葉を覚えてもらった。その中に、「新古今和歌集」における代表歌とも称される「三夕(さんせき)」を入れ込んだ。暗記力と同時に、イメージ力を鍛えることを目的としたものである。次回小テストでは、作者が実際に見ている風景を想像し、それとともに、作者の心情を言語化するテストを実施する。単に現代語訳をすればいいという訳ではないことは伝えてある。
見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋(とまや)の 秋の夕暮れ
藤原 定家
心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫(しぎ)立つ沢の 秋の夕暮れ
西行
寂しさは その色としも なかりけり 真木立つ山の 秋の夕暮れ
寂蓮(じゃくれん)
全て、詠嘆の助動詞「けり」を使った三句切れ、結句を「秋の夕暮れ」の体言止めとしたこと以外にも、各首共通した部分を持ち、「新古今和歌集」の中心的な撰者である藤原定家、「新古今和歌集」に最多の自作が撰集された、当代随一の歌人西行、「新古今和歌集」の撰者の一人である寂蓮、それぞれが平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した有名歌人ばかりである。いわば、三人の競作と言っていいかもしれない。「夕暮れ」の「夕」の一字をとり、古来「三夕」と呼ばれ、「新古今和歌集」を代表する名歌に数えられるのである。
秋という季節、夕暮れ時という時間帯をどう捉えるか。小学5年生には難しい部分であるが、冬の厳しい寒さを間近にし、漆黒の宵闇に覆われるまでに、それほど間がない黄昏どきの風景が作者にはどのように見えているかを想像し、その心情に思いを寄せることができるか、ここが肝要だ。
詩であれ、短歌であれ、厳選された言葉の裏に込められた、心情や感動をどう読み取るかが大切であり、そのためには、時として「行間を読む」ことも求められれば、想像力を膨らませて、作者と一体となって対象を眺めることも求められよう。
そこには豊かな感性と想像力が要求される。特進科生として、想像力を鍛えるのは、4年、5年生まで。6年生からは、やらないといけないことがどっさりあり、時間的な余裕がなくなる。しかし、ここを鍛えている、いないで、6年生からの国語力全般の力の伸びは相当変わってくることも確かなのだ。